みすて・ないでデイジーの小説版が非常に良かった。少なくともギャグ作品としては原作と同等以上のものが出ていると思う世にも珍しいノベライズ。
出版はアスペクト、「ログアウト文庫」。ファミ通文庫は今年で10周年だそうですが、10年前にもこんな文庫はあったのね。
永野のりこは、うーーん、新作描かないなあ。同人はやってるらしいけど。この人に関する思い出を掘り返すと、まず、まんくらの部室に行った最初の日に「魔女っ子ソンソン」と「マンガパソコン通信入門」を発見して狂喜したというところから始まります。長きに渡る古本屋廻りでついに手に入れられなかった2冊を目にできたその日に、ああここが私のいるべき場所だと勝手に思った。
そんでまあ、大体その通りにずっといる。
それにしてもこんな憂鬱な8月31日ってちょっと記憶にない。ひたすら買ったまま積んだ文庫を読んでばかりいる。現実と戦いたくない。
帰省していました。父方の祖母の四十九日です。ちなみにこのイベントの伏線は7月は16日の日記で張られています。あれから確かに大体四十九日になっていることに、よくできている宇宙の物理法則に畏敬の意を抱かざるを得ません。
4日〜11日の帰省では母方の祖父の四十九日があったのですが、その間を東京で過ごしたのは、うん、平たく言えばコミケとコミティアがあったからなわけですが。よくよく私も同人誌とか好きですよね。いやはや。
コミティアお疲れ様でした。客も来ない中一人で座っているのは罰を受けているようと聞き及んでいましたが、全然問題なく行けました。こんな時はSIONの「たまには自分を褒めてやろう」が際限なく頭の中で流れます。
外部の方も買っていって下さりました。まあ本の表紙ではなく私がE.G.コンバットを読んでいたのを見て買うことを決めた人だったかもしれませんが別にそれでも構いません。そりゃ私だってもしも売り子が鉄コミュニケイションを読んでいたら反射的に買ってしまうでしょう。
後悔したことなど。
絵が汚い。今回より雑な原稿は今までもざらにあったけれど、自分でどういう形のものを描いているのか理解しないまま筆を進めていることが多すぎる。なんかいい加減な線をいっぱい引くよりは空白のままの方がそれっぽく見えることもある。はずだ。
あとは頑張って引いた背景の線とかが拾われていないことが多くて若干へこみました。これがゲスプリか。コピー本で今回くらい密にやったのって多分都庁漫画とか以来なので感が鈍ってた。
ストーリー面。今回は意味が分からないとか激しくいつも通りだなとか説明が多すぎるとかそれにしても君近親好きだよねとか色々ためになることを言っていただけたのですが、いや最後のはストーリーの要請するところである禁じられた恋愛というワードから脊髄反射で出てきたものなので置いておくとして、うん、まあ、よく分からないというのはこの描き方では道理だなあとしみじみ思う。というか今までのも思い返せば、視点のある登場人物が複数人いてその人物間の関係が一言では説明しがたいような複雑なものになっておりしかも最後の最後まで直接的には交わらないとかいう、そんな話ばかりだったのですが、そういう語り口を取ることによって表現できる何かもあるかもしれないけれど、「よく分からない」に寄与する部分の方がずっと多いなあと思った。要するに複雑なことをやるのであればもっと単純な話でも分かりやすく描けるようになってからやれという。そんな感じ。
でも思い返せば、単純な話を書いてみるというのは「何となく〜」で1回やってみていてそれでも「で、これはどういう意味だったの」と言われてるんだよなあ。どうせ同じならば描きたいものを描くというのがあったような気も。
それとあと今回はテーマのようなものを最初に設定し、それに沿うことでネームが楽々進んだというメソッドの経験があるのですが、うん思い返せばこれで楽々切れた気になっているというのは完全なる錯覚でしたね、テーマがあるのであればそれを伝えようとする表現手段を考えることも必要だと思いました。具体的にどこがどうとかは言いたくないし、どう表現(描写)すればよかったのかなんてことは自分でも分からないので言う意味もないわけですが。
最後になりましたが、気の利いた文章を書ける気が毛ほどもしなかったために削除したあとがきの中に入っていた謝辞をここに書いておきます。林さん望月君LMD君誰ヵ君くろば君キャロル君本当にありがとうございました。
謝辞だけでも本に入れといた方が良かったよなコレ……後の祭り。
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まあ色々雑文を書きましたが、この漫画を描いて私の夏休みも終わりかーと思うと中々に壮絶なものがあります(残りはまッッッたく手付かずの試験勉強)。印刷した直後とかこれかよこんなかよと思うと泣きそうでしたし。
しかし喉元過ぎればというわけでもなく、もし原稿をやらないで他の有意義そうな何かに手を付けて今日に至ったとしても、それは漫画を描かないなりの充実でしかありえないだろうなあとも思うのです。漫画を描きながら1コマごとの出来に一喜一憂したり全体の出来について一喜百憂ぐらいしたりするのが生活にとってあまりに引き離せない要素になっているので、アニメを観たりニコ動を見たりリア充的行動により日常を埋めるような生活を送ることによって得られるであろう快の値など最早想定する意味の無いものなのです。百憂の中の一喜だけが本物の充実です。マゾか。
まあ、そうなんだろうさ。
いまだにコピー機が肌色をどれくらい拾ってくれるか勝手がつかめず酷く手こずった。ティア本表紙。
本のタイトルも本邦初公開。ああなんか改めて読むと無性に気恥ずかしいぞ。あなたの人生の物語と2単語も被ってるし。
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そうこうせせこましく作業をしている間にも池澤春菜がアルバムを発売すると発表したという。
http://haluna1215.blog44.fc2.com/
正座して待とうと思う。
コミケ初日国際展示場→新木場→東京→(山手線)。四角形の三辺を通るようなルートの方が安い東京交通網の奇妙さよ。
↑なんとなくこう書いたけど、地図をよく見てみたら「中心角θがπ/2rad以上2rad未満である扇形の二直線を通る」の方が正確な気がしてきた。つまりまあ大差ない。と。

新木場にて。例年非常識な人が多いのですね分かります。
話が前後するが今日は初めて西ホールの特撮・SF島に足を運んだ。電王のデネブが表紙の本とかポスターが出てるだけでもう勢いよく吹きそうになる。超絵が上手い人の獣戦士イラスト本ゲット。
2日目はもっぱらジャンル:東方らしいですね!!まりさの語尾「だぜ」の元ネタがアップルパラダイスの朝ヶ丘絵里子らしいというネタを仕入れて以来俄然親近感が湧いたのですが、薄い本を漁るほどであるはずがなく。3日目は行かないので出費はデリータスクリーントーンを入れても1800円に収まりそうだ。
満足行く表紙絵を描けるようクウォリティーアップを目指してここは練習すると言い放った末、練習のみに月日を費やして何も描かない人となった先例は数限りなく見てきたので、ここは逆を向いて“一発勝負でどんな酷いものができても表紙絵はこれで完成とする。残りの時間は本編に費やす”と腹を決めたところ、表紙は自分基準でそれなりのものができた。
ああ良かった、でこの話はいいんですが、別にこういった局面で前に進む一手(原稿を落とさないことを前に進むと言ってみるのも恣意的であるが)を選択するのは確信あっての行動でも何でもなく単に私の習性のようなもので、練習を重ねた挙句とりあえず今回は落とすという選択との良し悪しは決定不能であることよなあとか割りと当たり前のことをしみじみ考えたりする。要約すると落とさないから良い、と決まったわけではない(これは個人でやってる同人の場合限定か)。
ちなみに出来たモノはサムネサイズにしてトップに置いときます。原寸は文字を入れた時にでも。
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さる要請で昔の絵を見直しました。高校の頃のもの。まあ当然の如く下手なんだけど、なんか妙なパワーが溢れまくっていてああこんなん今は描けねえと若干ダウナーになったりもする。
当時のことを思い出すに、あのころは自分の考える話があらゆる意味において稚拙で許せなかったので、ああこれは一枚絵の破壊力で勝負するしかないみたいなよく分からない理屈に則って鬼気迫るような描き込みでよく分からないパワーを表現していました。心の裡というのは絵に表れるものです(読み取れるか否か、評価できるか否かはまた別の話として)。
んでまあ、当時許せなかった自分のストーリーテリングについては、特に今変わっているとも思えないのだな。考えている物語を形にすることは、新入生本でわざわざ遠い地の友人に原作を頼むほど苦手というか嫌だと思っていたのに。やはり継続的に作品を発表していくのが当然の場に身を置くことで考え方は変わるものか。
言い訳がましいことも書いたがそもそも絵にせよ話作りにせよ次元が変わるほど上手くなってるわけではないというのが根本的な問題なんだと思った。基本的にずっと同じことしかやっていない/考えてない。
ただいま。なのは。
劇場アニメ化らしい。えー。銀幕で水樹の主題歌が流れる光景に感動すれば良いのでしょうかそういう趣向でしょうか。
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読んだ
・志村貴子「ルート225」「青い花@〜B」
漫画の内容はともかくカラーに感動した。美しい塗り。上の絵でもにじませ方とか色々練習してみてるけどまだ全然だ。
・福島聡「鵺の砦」
Yろうが出てきてたっていうツッコミは日本中で147件くらいなされてるだろうけどそれ以上特に書くことは特に思いつかない。
・鶴田謙二「おもいでエマノン」
つるけんの漫画で完結してるのが読めるという驚き。
あと再読したもの、竹本泉「アップルパラダイス」全3巻。まりあん超可愛い。
私が前描いた漫画にエミリオというキャラがいますが、名前はこの漫画から取ったのでした。
なぜかウィンドウズメディアライブラリの整理したり「個別の11人」観たり。160分。長いよ……。
メディアライブラリの整理は、たとえばアーティスト名「涼宮ハルヒ(CV:平野綾)」を「平野綾」に変更することで、平野綾曲を一括再生できるようにすることなど。他にもANISON GENERATIONというサイトの力を借りて入力されてなかったアルバム情報を入力したりして、操作が快適になったどうかはともかく見た目はスッキリした。
他にはI'veサウンドの曲ファイルに主題歌となっているゲーム名を入力していくということ(「ねえ…しようよっ!」 → “姉ちゃんとしようよっ! OP” といった按配)をふと思い立ったのでやってみると、非常にイイ感じに後悔できるものになった。頭湧いてるだろコレっていうタイトルのエロゲーがわんさか。曲は窒素みたいに印象薄いのだったのに。
今はこうしてヌルく時間を消費するサイクルなんだ……強大過ぎる締め切りに立ち向かう僕たちにはそういう時間も必要なんだ……
で、明日からちょっと帰省します。
濃くカラーコピーしたものをスキャン。空だったものが暗黒魔界に。いやまあ空に見えないのは元絵からなんですけど。グラデを頑張る意味が薄れる。
あとマリみての新刊が花寺編でガッカリです。いい加減引き延ばしにも程があろうと言いたい。しかし祐巳は可愛いのでなんかもうどうだっていい。
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劇場アニメの声優に関するアニオタにとって普遍的な問題意識を書いていくぜ!私見入りまくりなのでまあ刺し身で言えば大根以下くらいの重みしかない参考意見としてお読み下さい。
絵的にリアリティーのある動きや演技が極まった感のある近年の劇場アニメでは、バリバリのアニメ声では浮いて仕方が無い。まあ理屈の上ではそうなんでしょう。しかしアニメに声を当てることに慣れていない俳優を起用したってそれはもうあまりにも当然過ぎるほど浮きます。稀に声優初起用で違和感なくこなすような人もいますがそういった例は割合的にはノイズとして無視して可。
スカイ・クロラの場合は、主人公のカンナミの演技は素晴らしかった。世界観を覆う透明な雰囲気、飛ぶことと死ぬこと以外は全てが瑣末なことでしかないと感じているようなそのへんの風情は実によく漂ってきました。シーンによっては原作を読みながら感じていた質感がそのまま蘇ってきたほどです。ただまあ、声質がいかにもそのへんにいる若者という感じで、役柄にあまり合っていないのです。声質から「こういう役作ってます」という感が透けて見えるのです。このキャラ立てだったらいっそアニメ声の方がしっくりくると思われます(そもそもスカイ・クロラ自体さほどリアリティーを強調した絵柄でもないし。ありがちなアニメ絵ではもちろんないけど)。
ヒロインのクサナギは逆に、透き通るような声質は良かったんだけど演技が……。ただ、キャラクターが現代アニメ漫画ラノベに非常によくありがちな無口無感情キャラだったので演技力はなくても誤魔化せる(ソースは茅原実里)、そこだけが救いでした。しかし唯一怒りの感情を顕わにした1カットは…………非常に残念な出来でした。
他の人がどういう評価を下してるか知りませんが、正直これでも浮いて気になって仕方が無いというほどでもないので、劇場アニメの主演声優としてはマシな方だと思ってます。稀にキャラクターが喋ってる間中「酷いな……声優」以外の感想を抱けないぐらいの最悪な例すらあることですし。
で、常々疑問なのは何故そのような俳優が頻繁にチョイスされるのかということです。正直アニメ声では浮く云々は建て前としか思ってません。
・ジブリメソッドは無条件で業界の基本フォーマットになる ・芸能プロダクションとの癒着 ・アニメ専業声優より知名度が上回るため、観客動員数に影響がある このへんが自分の中では有力なんですが。いずれにせよどこまでも憶測。
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書いたまま忘れてた攻殻機動隊GHOST IN THE SHELL ver2.0の感想文でもついでに貼っておきます。動きのリアリティーと比しても違和感を覚えない声優、そしてその演技力……そのへんの意味においてこのキャスティングは至高。上のような考察をした後では「じゃあ劇場アニメって誰が声当てればいいの」という問いに対する答えですらあるような気すらしてきます。
脚本は13年前のVersion1.0と同じであるとはいえ、改めて大傑作だと実感。原作の自重で潰れかけているほどの情報量を、分かりやすい形で再順列し一貫したテーマの元で纏め上げているという一事に限ってももうこれは押井守の面目躍如と言ったところであろう。ほとんど押井作品のファンになりそうだ。
ただ、個人的な解釈としてはゴースト=魂なので、ことばが使い分けられているのは何なんだろうと思う。まだ監督の意図とテーマをつかみ切ってはいない。
映像面でのリニューアルされた部分に関しても、これもやはりただ圧巻の一言で、正直な話攻殻の世界観に完全に合致したデジタル表現が凄過ぎて元のバージョンがどうだったかとか既にまったく思い出せない。CGを用いた映像表現技術はもはやサイバーパンクというジャンルを追い越して1回り半くらいしていると思う。
皆さんWORDの機能を華麗に使いこなし過ぎで晩飯の冷やし中華吹きました。
>ワードなら段組みでもいけますよ。自分は3段でやってます。節紙ですね
>ワード、2段組にすればいいじゃん。あと、透明水彩とか油絵とかやればいいと思うよ
>Wordはページ設定で2段組みとかにした方が楽かも
「釣りですた」の看板を掲げることができたらとこれほど追い込まれた気持ちになったのはネット歴1ヶ月の入門者時以来です。なに昨日の自信満々の文体。
もう以下「http://palmereldritch.web.fc2.com/img/080801b.PNGのような愚直な写植を2年間打ち続けてきた俺を笑うスレ」でいいです。スカイ・クロラ見に行って来る。
画期的なメソッドを考案しました。WORDで写植を作るとき、テキストボックスを挿入して上下2段に分けるのです。1枚あたりに倍の写植が打てます。(図参照)
今までは1セリフごとに改行、行間空けて次のセリフ打ち込み……としていては下半分が寂しいつーか勿体無いので、頑張って紙面いっぱいにつめこんでいたのですが(下図参照)、これは行間の調整や各セリフの上端揃えに並々ならぬエネルギーを注ぎ込まねば出来ぬ諸行でした。まったく一度テキストボックスというツールに気付いてしまえば、なんであんなにも無駄な努力をせねばならなかったのかと愕然とする思いです。
いや、知的所有権などとケチなことは抜かしませんのでアナログ派の皆さんには是非ともこのメソッドで楽をして欲しいものです。
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改装を予定しているので7月分をログに送るのは後回し。コミティアまでには……
予定は未定。
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web拍手レス
>ドクターマーチン・・・!憧れです。頑張ってください。アナログはキリがないですよね、色が星の数ほどあるし。
ドクターマーチンは手軽さと混色によるバリエーションのバランスで考えたら一番ですよね。
しかし自分は重苦しい色で画面を埋めるのが好みみたいなので、実はカラーインクあんまり向いてないんじゃねと思い始めてます。アクリル使いこなしてぇー、があんなに一瞬で乾かれるとあったら無理っぽい。